(゜з゜)
2012-04-01 (日) | 編集 |
ざわ・・
 ざわ・・
激走!須坂マラソン
ララララ~♪ララララララ~♪ララララ~♪♪目は覚めていた。タイマーセットしてあったステレオから宇多田ヒカルのFIRST LOVEが聞こえている。曲が終わる頃携帯電話のアラームの電子音がピピィピピィと鳴り出した。あわててアラームを止め宇多田ヒカルを聞きながらまた布団にもぐる。しばらくするとカアチャンがすっ飛んできた。起きやがれ!このドラ息子が!!世話やかすんじゃないよ!!!〇×◎▲?いつもと同じ慌ただしい朝だ。いやいつもと同じではない。いつもは携帯のアラームも宇多田ヒカルでさえ聞こえずに寝っている。・・・考えていた。今日投票が行われる衆議院議員補欠選挙の投票を検討しているのではないし、どっかの国の人質事件や国内外の情勢を考える様な男でもない。京都新聞杯に出走するアドマイヤベガの事を案じていない訳ではないかもしれないが、案じていたのは自分の懐の中身であったかもしれない。だが、そんな事ではない。そんな事ではないのだ。俺はいったい何の為に走るのだろう?目標がなかったのだ。決意と言ってもいい。さまざまな思いが頭の中を交錯する。だがいくら考えを巡らせてみても最後には曖昧なものになってしまい、どうしても自分を納得させる事ができない。いったいなぜ・・。そこへFIRST LOVEが聞こえてきたのだ。切なく、どこか儚げなメロディーが更に私を混乱させていた。

8時15分、一緒に参加する原沢さんを迎えに行く。例によってミュージックはお気に入りのELTのover and over。野郎二人で聞くような曲ではないが、もちろんそんな事は問題ではない。8時30分スタート&ゴールの臥竜公園須坂運動広場到着。小学生や中学生の団体、それも一学級そっくりいるんじゃねえかと思われる大団体や何とかクラブなるマラソン愛好家グループ、家族連れの人々で賑わっている。年頃の娘さんがいないのがチョットさみしくもある。おかしいじゃねーか?今時の娘はダイエットの為、あるいは健康の為に走っているはずだろ。須坂にはかわいい女の子が多いと言う情報からかなり期待していたのに。まあいい、そのぶん沿道の応援に期待しよう。よし、いっちょうカッコイイとこ見せたろ。5キロの部に出走の原沢さんと健闘を誓いつつ別れ、15キロのスタートの列に加わる。過酷なレースが始まろうとしていた。制限時間は1時間30分。まともに考えれば、いやまともに考えなくとも15キロなんていう距離はシロートにとって到底走れるモノではない。まして常人の摂取量を遥かに超えるアルコールとニコチンによって長年にわたり汚染され続けているこの体。今回より遥かに長かった長野マラソンも練習なしのぶっつけ本番で走り切ったが、オリハルコンより強固な意志が己の体を支えてくれた。持久力は根性で補う事ができた。今回はスプリントレース的な展開になる事は間違いないし、そうなればスタミナよりもスピード、必然に心肺機能が問われるだろう。それらのモノは努力なくして身に付く物ではないし、根性でどうにかできるものでもない。だが意志でそれらを凌駕する、超越する事は私にとって可能だったはずだが・・

秋晴れのよい天気のもと予定通り10キロ・15キロの部がスタートした。スタート体系は前に15キロの部、後ろに10キロの部といった具合でどの顔も自信に満ち溢れている様に感じる。スタートと同時にみんな一斉にダッシュをかましている。運動場傍の道路からメインコースであるくだもの街道までの100mくらいはヒルクライムである。実際に見た訳ではないが、きっと中山競馬場のような急勾配であろう。つられる様にしてペースを上げてみたがそれでもバカバカ抜かれてしまっている。くだもの街道に出たところでペースを落とす。向かい風が更にペースを落とさせる。以前の教訓として向かい風は体の熱を奪ってくれるありがたい風と認識していたが、まだ汗もかいていない状態では全然嬉しくない。相変らずバンバン抜かれている。やはりスプリントレース的な様相を呈してきている。アスファルト特有の匂いが残るきれいな道を小布施に向かって下って行く。下っているという事は復路は上りになると言う事だ。それも下れば下るほどキツクなる。応援は少ないがそれでも近所のおばさんや、稲の収穫の手を休めて応援してくれる人がいる。さすがにくだもの街道である。うまそうなリンゴが彼方此方に実っている。台風の被害が少なかった今年は豊作が期待できそうだ。人目がなくなったところで梨でもかっぱらおう。そんな事を考えているうちにトンネルに差しかかる。そういえばトンネルを歩く、あるいは走るといった経験は今までになかった。うまくは言えないが何かゾッとするモノがある。それは多分、トンネル=お化け、というイメージが頭のどこかにあったのかもしれない。信じている訳ではないが、しかし、どういう訳か考えがマイナスになってしまう。

ひんやりとした息苦しいトンネルを抜けると左にくだもの畑から長野北部の平野を一望し、右には紅葉には少し早いがかすかに色づきつつある山々。そのようなロケーションの中をのんびり走るのは実に清々しい。向こうから走ってくる人がいる。10キロの部のトップであろう、凄まじい形相で走ってくる。ほうー。その速さにはうっとり見とれてしまったが、こっちはマイペースで走らせてもらいます。シーズンオフの閑散としたサマーランドに思いを馳せながら、給水ポイントでエネルゲンを補給していると、馳せるような思いは何もない事に気付き思わず苦笑してしまう。道はいよいよ上りになる。民家の前にはその家人が一家総出で応援してくれていてほのぼのとして微笑ましい。ギャルの応援があればもっと良いがガングロのパーなコギャルはかんべんしてほしい。しかしコギャルどころか若いお姉さんはどこにもいない。どうやら女の子の声援の期待は儚く砕け散りそうだ。3キロ地点である10キロの部の折り返しでは周りのランナーがごっそり折り返していく。それを横目に見ながら俺も10キロにしておけば良かったかななどと思ったりもしたが、乗り越えるハードルは高ければ高いほどいい、などと自分で自分を励ました。しばらく走っていくと周りに誰もいない事に気付く。遥か前方にランナーらしき人が見える程度で応援の人もいなければ後ろにも誰もいなかった。

上り道を一人であれこれ考えながら走っている。時折初秋の冷たい向かい風に混じって木から落ちて腐ったリンゴから放たれている香りが鼻を突き胃を刺激する。来た。とうとう来てしまった。もうだめかとも思った。胃の中の物体が喉まで、時には口まででかかる。先ほど飲んだエネルゲンと胃液とが見事に調和してほろ苦く何とも言えないマイルドな味付けに仕上がっている。今なら誰も見ていない。その辺にスパークして畑の肥料にしてやろうか、と、辺りをうかがっていると、後ろからクルマのエキゾーストノートが聞こえてきた。オイ!ここはマラソンコースだぜ!クルマは進入禁止だぞ!仁義のないスピードの取り締まりは出来ても交通規制は出来んのかオマワリィ!!と後ろを振り返って愕然としてしまった。自分の目を疑った。そんなアホな・・信じられない!この俺が!!クルマの前にはデカデカと最後尾と書かれた横断幕が貼り付けられている。バカな。この俺がドンケツだと!長野マラソンを走り切った俺様だぜ!・・確かに、もしかしたら最後になるのでは、という不安はあった。このマラソン大会はウォーキングと5キロと10キロと15キロに分かれている。5キロと10キロには制限時間もなくそれなりに参加人数が集まっているが、制限時間のある15キロとなるとシロートが気軽に参加するという訳にはいかないのであろう。やはり俺のような無謀なチャレンジャーはいなかったのだ。ククッ、コイツはいい。面白れえじゃねえか。何もドンケツが恥かしい訳ではない。いやむしろ俺にはお似合いかもしれない。

ゲロを我慢しつつ最後尾のクルマにあおられながら走っていると前の人に追いついた。自分でペースを上げたのか前の人が落としたのか分からないが、やがて最後尾は私を含め3人で形成されるようになった、そうすると気分も落ち着いてきた。やはり無意識の内に焦っていたのかもしれない。落ち着いてくると余裕も生まれてくる。すぐ前を走っているオッチャンの苦しそうな呼吸が聞こえてきて心配になったりもする。5,5キロポイントの15キロの折り返しを通過した。時間を見ると33分。ギリギリのペースで走って来た事になるが、時間内に完走するには今まで以上のペースアップが必要だ。はたしてこれ以上のペースアップに体が耐えられるだろうか。しかし私にとって体の状態がどうであれ、それは問題ではなかった。足が痛かろうが、ゲロをぶちかまそうが、ボロボロになっても目標があれば体をつき動かせるのだ。残り10キロ、どのように自分を言い聞かせたら良いのか分からなかった。

しかし天は我に味方した。体がフッと軽くなったのだ。この時がくるのをまっていた。期待していた。あるいは賭けていたといった方が良かったかもしれない。追い風になったからだろうか。それもあるだろう。前回のマラソンの時もそうだった。10キロあたりで体が楽になり、15キロまでいっきに走れた事がある。これがランナーズハイという現象なのだろうか。とにかく仕掛けるのは今しかない。よし残り10キロぶっちぎったるゥー。アディオス!最後車両!ホナ!オッサン!とつぶやいて体に全開の鞭をいれる。一人二人とかわす。行ける。今日の俺は絶好調だぜ。ゲロも治まってくれたようで調子は良かった。だがしかし、頭の中では何かが引っ掛っていた。スタート前にベテランらしきオッチャンが言っていた事がある。それは調子が良くても無理はするな、という事だった。調子が良いと思ってガンガン行くと後でへばる時が必ず来る。調子が悪くても悪いなりにどうにかなるもので、かえって調子が良くない時の方が無理をしない分うまく走れるモノだ、というその忠告は私には無縁に感じられ気にも留めなかった。だが、今のような調子がいつまでも続くとも思えなかった。すると今の私は調子に乗って無理をしているお馬鹿さんであろうか。やがて来るであればそれまでにアドバンテージを得ておく必要がある・・・。

あっという間にハーフポイント通過した。時間は42分くらい。半分の半分を切っている。つまり15キロの半分の7,5キロを1時間30分の半分である45分を切っている。しかも5,5キロから7,5キロまでの2キロは10分を切るなかなかのペース。追い風プラス下り坂という好条件によって気分も良い。景色も良い。天気も良い。10キロの部の折り返しポイントを通過して給水ポイントまで戻ってきた。今度は水を1杯頂く。おばさん達の応援を受けてますます加速する。道はサマーランドを過ぎ、いよいよ本格的な上りに差し掛かる。だがトンネルに入る所でその時は来た。もちろん、残りの10キロをこのままの調子で行けるとは思っていなかった。思っていなかったが、長野マラソンの教訓から5キロはもつだろうとは思っていた。初めの5キロを30分。調子が上がる中の5キロを20分。最後の5キロを39分。トータル1時間29分で完走するつもりでいた。我ながら完璧な計算だと思っていただけにショックは多きかった。ジョウダンだろ?まだ中の3キロしか走っていないのだ。あと2キロはもってくれなきゃ困るぜ。まず肩の痛みが気になった。腕を振る度に肩と腕の関節に激痛がはしった。足の痛みはずっと前からあったが、肩の痛みに比べると大した事ではなかった。その痛みは神経が圧迫されるような痛みで、闘志が根こそぎ奪い取られる様だった。どっかのマラソン選手が手をぶらぶらさせて走るような走法も真似てみたが気休めにもならなかった。そして、やはり上りはキツかった。肉体的にも精神的にも参ってしまった。標高差50mを3キロ弱で一気に駆け上がるこのコースは、今大会最大の難所と呼ぶに相応しかった。

ふとカメラを向けられている事に気が付いた。初老の頃と思われる夫婦がカメラを向けていた。天気の良い秋の休日に夫婦仲良く紅葉狩りに出かけた。そしてマラソン大会に出くわし、記念に写真を撮ろうという事になった。そしてその大会そのモノを表すモデルに選ばれたのが私だった(と言っても近くには私しか居なかったが)。夫婦交互に写真を撮り、そしていつまでも応援してくれていた。

臥竜公園まで戻ってきた。ここから更にくだもの街道の最終地点である長野須坂インター線との合流地点まで行き、折りかえして戻ってくるという事になっている。百々川の河川敷にはバーベキューの支度に取り掛かるママさん達、それを待ち切れないのかよだれを垂らしている子供達、ゲートボールに熱中している老人達、思い思いに芝生に寝転がって話をしている若者達がいた。その光景は実に微笑ましい雰囲気だった。しかし私が見たかった光景はそんなモノではなかった。私が見たかったものはいちゃつくカップルだった。カップルが楽しそうにすればするほど俺の怒りにも似た闘志を掻き立ててくれるはずだった。それは少々大袈裟かもしれないが、私の原動力の源となり底力を爆発させる起爆剤となるはずだったから。身も蓋もない言い方だが女がいない私にとって、それは単なるやっかみに過ぎなかった。ただ単に羨ましかっただけの事であった・・・。

時間は1時間を超えていた。さすがに折り返しを戻ってくるランナーも少なくなってきていた。やっかみパワーは得られなかったが、追い風の恩恵はまともに得る事が出来た。吹きっさらしの一本道の為であったろう。更に須坂の地理に疎い事も幸いした。意外に距離が短く感じる事が出来た。細かいアップダウンを繰り返し菅平線の折り返しに辿り着いた。現在このコース上に残っているランナーはこれまでに抜いた5人と、少し前を走っている一人、そして私だけになっていた。誰もが疲労していたが、最後まで走りぬく意気込みは失せていなかった様に思う。折り返してからはやはり、向かい風がモロに直撃した。一瞬怯みかけたが、それもやがて涼しく感じられ、また風が強い分一気に体を冷やしてくれた。交通規制をしているポリスマンやボランティアの方々の応援は嬉しかったが、しかしどこかに、まだ終わらねのか?いつまでかかってんだ小僧、といった感じを受けないでもなかった。カッタルそうにあくびをしているポリス野郎にはムッとしたが、それは無理のない事だと思った。彼らのお陰で走る事が出来るのだ。ありがとうございます。ご苦労様です。と逆にこちらから声をかけることで許してもらう事にした。

百々川を渡す橋まで来た。時計を見ると1時間20分を過ぎている。だが残りの距離からすると時間内完走は間違いなかった。完走を確信すると嬉しくなってきた。目標がなかった。苦しかった。肩が痛かった。モドシそうにもなった。それらすべてを撥ね返しての完走だ。やっぱり俺は走り切る事が出来た。さて、いよいよ最後だ。橋を渡り左に急坂を下る。沿道は沢山の人でごった返している。顔がニヤケだしていたが、止める事は出来なかった。運動広場はまさしく運動会のようになっていた。子供が無邪気に走りまわる。それを笑いながら見守る両親達。互いの健闘を称え会う人々。テントの下で慌ただしく動き回る関係者、またとん汁を配っているコーナーもあった。そして私も・・・。ゴールまでは花道が用意されていた。運動場の中に弧を描きゴールまで続いている。その花道を周りの人の声援に応えるべく走る。ゆるりとしたコーナーをまわってゴールを正面にとらえた時、なぜ自分がこの大会に参加したのかわかったような気がした・・・

登場人物と専門用語の解説

原沢さん 須坂市在住。5キロ部に参加し無事完走。イニシャルはH。合コン相手大募集中
オリハルコン その昔なんとか大陸にあったといわれる物質。その強度はダイヤモンドを凌いだそうな
アドマイヤべガ 第66回日本ダービー馬。超エリート血統。京都新聞杯は菊花賞のトライアルレース
ガングロのパーなコギャル 日に焼けた黒ではない肌色でヘンテコリンな化粧をした頭の悪そうな小娘
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